ムダのダム ~屋根裏の愛着ブツ~ FC2版

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ジャパン筆立て(非売品)
かつて存在したジャパン・プロレス。
そんないにしえの団体グッズを未だに使用していた。
『ジャパン筆立て ジャパンプロレス・一周年記念興行 第2弾 '85.2.21大阪城ホールバージョン』

ジャパン筆立て04
ジャパンが一番元気で一番ノっていた時代

ピンと来る方は大の長州ファンか天龍ファン。
ジャパン主催興行であることから、ノーテレビ興行。
ジャパン×全日本の全面対抗戦。そのメインは、長州力×天龍源一郎。
あの有名な、エプロンでのバックドロップが出た試合。
映像は、全日本プロレス中継でニュース程度のダイジェストのみというトテモトテモ貴重な試合。

といっても、当の本人は当時まだまだ会場に出かけるほどのファンでも無く、テレビ中継のみを見る普通のファン。
これをゲットしたのは、最後のランカシャーレスラー、サム・マツナミ氏。

サム氏も、親父に連れて行ってもらい、先着でもらえたこの逸品を親子共々ゲットしたということらしい。
後にその一つを譲り受けたのだが、寺西勇の横に穴が空いている。
どうやら、コンパスか何かで貫通させた模様。
若気の至りは誰にでもあるので大目に見てあげるとする。

久々に綺麗に磨いてやろうと思いバラスことに。

ジャパン筆立て01
見事にバラバラになった筆立て。なんと、組み立て式だったのだ!

後ろは写真入れとなっていて、大阪府立での最強タッグを見終えた後に足早に帰ろうとしている、竹ちゃんこと、竹内宏介氏を呼び止め、快く一緒に撮ってもらった写真を入れている。
しかも、向こうから手を差し伸べてくれて、竹ちゃんと握手で2ショット。感激!
撮り終えて竹内さんは一言だけ残して、去っていった。

「どうもっ!」(実話)

長年のさらし具合により、日焼けとヤニでベージュに変色。
味わい深い風合いが出てきてしまった。
なにより味わい深いのはやはり、このジャパンの猛者達のイラスト
未だに、長州はこのイラストでTシャツを出していたりするのには感心する。
そして今一番欲しいTシャツと言っても良い。
他の選手達のものも、そのままTシャツにおこしたいぐらい。
しかし、ここにマサ斉藤は登場していないのも、その格の違いが出ていてイカス。
確かにこの時点では、マサさんはアメリカが主戦場だったのかな?
かなり記憶はアイマイミーマイン。
背番号『0』は、ジャパンの永久欠番。

ジャパン筆立て06
記念にうちのトップモデルにサソリ固めをしてもらう

ジャパン筆立て05
しかし、※ガッツポーズをしたのでスモーピオンに変更。
(※ガッツポーズは、ボーリング雑誌、『ガッツボーリング』から由来。というのが有力な説)


なにしろ貴重な代物なのではあるのだが、このヤネウラブッピンにのせているモノは、ヤフオクへの出品候補なのでR。
しかし、未だ出品はしてない。やはり惜しいもんねえ。

猛虎筆立て
ちなみに今使用しているのは、るーみっくわーるど的な筆立て。
猛虎ディープスロート式筆立て。
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ヨーダ人形(1980 L.F.L. HONG KONG)
2005年7月9日にようやく公開される『STAR WARS EPISODE Ⅲ』を見に行こうと考えている。
というか、年上の知り合い二人(おっさん)に誘われた。
東宝系で公開されるのだが、京都では『TOHOシネマズ二条』という理解に苦しむ単語のレイアウトをしているネーミングのシネコンでも公開される様だ。
真新しい映画館を拝見するのもなかなか興味深く、その映画もスターウォーズの最新作ということで、見に行く楽しみが募るばかり。

第1作が1977年で6歳、第2作が1980年で9歳、第3作が1983年で12歳。
となるのだが、最初からはまるにはその派手なSFXとは裏腹に内容を理解するには少し難しかった。
特にキャラクターが際立つので、その関連商品が余りにも印象的で映画そのものよりもそちらに目が行ってしまうのは必然的。

そんな影響下において、当時購入したのが、

yoda04s.jpg小鬼じゃ!小鬼がおる。」でお馴染みのポムじい、声:常田富士男

ではなくて、ジェダイマスター、ヨーダさんです。

yoda01s.jpg yoda03s.jpg yoda02s.jpg
意外にも小さい。手乗りヨーダ。アップで見るとシェゲナ・ベイビーの奥さんで本木雅弘の義母のようなルックス

たしか少年ジャンプか何かに載っていた通販で購入したような…。
ブリスターにでも入っていたかと思い出すが、たしか小さい箱に包み紙だけでくるまれて梱包されていた。

たしかそのボディには刻印があったので確認する為、その場で脱いでいただくことに。

  このサイズでありながら意外と装備が充実のヨーダさん。

早速背中を見せて貰い、刻印を確認。

yoda07s.jpg あれ?脱いだのにまだ何かを着ている。刻印はバックプリントということの様子。

C 1980 L.F.L.
HONG KONG

と刻印が確認出来る。一応コピーライトも付いているがこんなものはなににでも付けられるのでなんとも確証が無い。
L.F.L.もルーカス・フィルムまでは分かるが、最後のLは『LICENCE』だろうか?

25年も経過しているにもかかわらず、ヒドイ劣化も無くこの保存状態というのは我ながらちょっと感心。
ヨーダの年齢900歳を考えれば、25年なんてたいした年数では無いのでこのぐらいは当たり前なのだろう。
さすがは、ジェダイマスター。

で、結局このフィギュアは、由緒正しい認証モノなのだろうか?
この場を借りてお尋ねします。誰かわかる人いませんか?

yoda08s.jpg デューク東郷と記念撮影をするヨーダさん(900)

どちらにしろ、言われるセリフは決まっている。
「大事にされたら良いと思いますよ。」

さあてスターウォーズの復習でもしておこう。
SWSキーホルダー
PICT0372s.jpg


かつてSWS(スーパー・ワールド・スポーツ)というメガネスーパーが資本出資したプロレス団体が存在した。
メガネ屋さんが、そもそもなぜ急にプロレス団体を作ろうとしたのか?

いろいろな噂などを耳にしたが、
『バブルで儲けたお金の税金対策』『息子の誕生日祝い』
などの話は、虚実の判断はつかないのだが、なかなか興味深い噂話であった。

その団体のエースは全日から引き抜いた天龍源一郎選手(以降、天龍関)。
当時、天龍関が一番のお気に入りの選手であったこともあり、
当然そのままSWSという団体が結果的には短命に終わることも知らずに支持していた。

しかし、このキーホルダーの購入の記憶は明確に思い返せない。

大阪府立体育館に見に行ったときに、
佐野×サベージのランバージャックデスマッチを気合いを入れてみる為に
このキーホルダーを購入したのだろうか?

それとも、神戸ワールド記念ホールでの鈴木みのる×アポロ菅原を前に、
アポロ応援を決め込んで、購入したのか?

同じく、北尾×テンタで「この、八百長野郎!」発言を耳にして、
いても立ってもいられなくなって、購入したのか?

京都府立体育館で、試合後の入場ゲート裏で、
カブキが平井にビンタをかましてダメ出しをしているシーンを見て、
「頑張れ平井!」と思い購入したのか?

記憶は定かではないが、根本的には『SWS支持』という思いが購入させたのだろう。

個人的には団体のキーホルダーを購入することは、
支持しているぞという姿勢を示す為のアイテムだった。
まあ安いからという、根本的な理由もあるが、
常日頃から常備するのだから、その忠誠心は高いのである。
しかし、コストパフォーマンスから考えると、やはり『リーズナブルな忠誠心』だったと言わざるを得ない。
ちなみにチケットはメガネスーパーで購入出来ました。

こうして今このキーホルダーを見ると、やはりSWSは面白かったと、思い返すことが出来る。

だいたい、社長の車を洗って何十万も貰ったりしたら、練習なんかバカらしくなるだろう。
そんなSWSのトップだった天龍関は未だにレスラーとして、リングに上がり続ける事を考えたら、練習はしていたと言えるのではないだろうか。
そして肩書は「風雲昇り龍」から、今や「ミスター・プロレス」となった。

SWSがもしも、一夜限りの復活でもすれば、ちょっとだけでも盛り上がる気がするなあ。
きっと、『福井天龍隊』も駆けつけるぞ。
『5カウントルール』なんていう、未知のルールもようやく公開されたりして。

『家が焼けても、鉄骨残る』(確かこんな感じ)という、中島らも氏のコピーを引用するならば
『団体消えても、グッズは残る』

UWFのキーホルダーもあったんだけど、どこにあるのやら。
ヤネウラブッピン#010『sinvino』
shivinos.jpg

なぜかヤネウラに保管されていた『sinvino』のビン(水道水入り)。
20年ぐらいは経過していると思う。
ちなみに、当時飲み干した後に、空き瓶で置いておくのも寂しいので水を入れた。
なんか良いなあ、と思ったからそのまま置いていたと思うけど、ただのゴミ。

当時このビンが今でいう所のペットボトルだった。
ファンタなどの炭酸飲料でよく使われていた。
道端に投げ捨てられて、粉々になっているのをよく見かけた。
どう考えても危ないし、そのビン自体の重さを考えたら、輸送コストもバカにならなかったろう。

それを考えるとペットボトルの登場は画期的だったに違いない。
しかし、それが大量生産されるとまた別の問題が出てくる。
何を使っても支障が出てくるのが、消費社会の常なのだろうか。

ちなみにフタを開ける勇気はありません。
でも水が濁っている様子も無いので案外腐ってなかったりして。
一気飲みしたら気付かずに飲めるかも。

思い切ってオークションにでも出したろかいな?
ハイ、欲しいヒトー?
ヤネウラブッピン#009『釜本邦茂のサイン』
おそらく初めて見に行ったサッカーの試合は、
改装される前の西京極での日本リーグのヤンマー対フジタ
何歳だったのかは記憶に無いが、おそらく小学生の一年ぐらいだったのではないだろうか。
試合内容も、覚えていないというか、途中で見ていなかった。
前半で飽きて、整備用に用意されているであろう、
自分の背丈よりも遙かにデカイ山のように積まれている砂山で遊んでいた。
その記憶の方がより残っているので、その時点では、子供の価値観丸出しだった。
砂場>サッカー

のだが、その試合の前にあった出来事は覚えている。
某理由で、試合前のベンチに珍入、「釜本に会えるかも知れない。」
という、その当時の子供でも知っている選手名が、
うろちょろしたくて仕方がないハズであったろう子供をその場所に大人しくさせていた。

ベンチからの眺めは、ピッチ上の鮮やかな緑が記憶にあるが、
よく考えたら、西京極のグラウンドがそんなに鮮やかな緑であるはずが無い、
薄らハゲた、鮮やかとは言い難い芝生だったろう。

どうやら、試合前の練習があるので、選手がベンチを横切ってピッチに走っていく。
何人か通り過ぎて行く選手の中で、唯一顔を知っている釜本が通り過ぎて行く。
その後に、本人からではないが、サインをもらい受ける。
kamamotosets.jpg
「ヤッター」なのだが、初めて見るので本物かどうか分からない。
このシチュエーションで、その信憑性を疑う余地は無いが、
その時にサインとはそういうモノだと認識した。
carbarios.jpg
ついでかどうか知らないが、カルバリオともう一人のサインも貰った。
サイン初体験なのに、外国の文字が書いてあるサインも貰ってしまった。
「カルバリオ」という名前のインパクトもなかなかのもので、いまだに忘れない名前。

家に帰ってサインをまじまじと眺めていたら、自分もサインとやらを書きたくなる。
しかも、貰いたてホヤホヤの色紙に、しかも蛍光ペンで、
さらに、カタカナで自分のサインを書き上げた。
setsigns.jpg
その行為とその出来に我ながら「ヒドイ」と今更ながら思う。
今風に言うなれば、「ダブルネーム」とでも言うのかも知れない。

それと同様に、M・ナイト・シャマランの「サイン」や、
ジャン・クロード・ヴァンダムとデニス・ロッドマンの「ダブル・チーム」も負けず劣らずヒドイ。

釜本邦茂氏も今や、日本サッカー協会の副会長。
しかし、川淵会長(キャプテン)を筆頭に早稲田の学閥で人選してるなあ。
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